県下には神戸市を除いて16の施設があり、この上部組織として連盟がある。
創設60年の組織ではあるが、非常に緩やかな組織で法人格のない任意団体で、
事務局も歴代会長職を担った法人の持ち回りになっていた。
そろそろ会長も交代でこの事務局が負担になることと、たまたま県の福祉センターに空きがあることなどから事務局を移転することになった。今日はその打ち合わせと、事務員の面接である。
本来なら私が出て行くことではないと思うのだが、ユルユルの組織の辛いところで、誰も音頭を取らない。
10時からの面接で面接者を前に会長は採用したも同然で話をされている。
肝心の雇用用件や業務内容など核心部分に話がいかない。
そうこうしているうちに1時間経過し、面接者も不安な面持ちで帰っていった。
施設に戻ると、案の定面接者から電話があり、不安なので断りたいとの事。
こちらとしては、社会福祉士もお持ちでそれ相応のスキルもあるので、是非とも採用したいとお伝えした。
自分の施設の人事だけでも大変なのに、こちらまで担当するのは気が重たい話である。
我々の業界の交渉ごとの窓口になるだけに、組織として脱却する時期なのではないかと思う。
10日からアメリカにいる姉が仕事ついでに帰郷していた。
今日はアメリカに戻る日で関空まで家族全員で見送りに来た。
関西国際空港までは大阪湾を半周、約120kmの行程である。
昔は淡路島から関空まで高速艇が出ていて約40分程で行けたのだが、
今は2時間弱かかる。午後5時のフライトで3時には搭乗手続きを終えなければいけない。
足早に4階まで上がり、ユナイテッドの搭乗カウンターに急いだ。
今日はやけに空いていて、あっというまに手続きは終わった。
日本での最後の食事をしに3階フロアーへ。
姉の希望で中華料理を食べに中国家庭料理『紅虎餃子房』へ。
ここは鉄鍋棒餃子で有名で元祖韮菜万頭、北京式げんこつ肉のすぶた、本格四川麻婆豆腐など個性にあふれた料理で有名だ。

姉は4時過ぎには通関しアメリカに旅たった。
私達も帰路についた。
家に着いたのは6時を過ぎていたので、馴染みの「春夏秋冬いし井」さんへ。
食にうるさい義父もここなら機嫌よく食べてくれる。
淡路さんの雲丹も出始め、今からは鱧の季節となる。
子ども連れでも気兼ねなくこれるのが嬉しい。
きょうは県下の児童養護施設が一堂に集まってこいのぼりの集いを開催した。
一般も含めて千人を超える人が参加した。
目的は児童福祉週間の一環として、社会的養護の啓発や児童虐待防止である。
オープニングに行政や里親会など来賓の紹介をして、
続いて各施設による子どもたちの演目が始まった。
歌やダンス、中にはミュージカルなどもあり非常に盛り上がった。
うちの施設は全員で合唱。
手作りの楽器を使い、2歳から18歳までの子どもと職員が一同になって一生懸命歌っていた。
指揮は知的に障害のある子が自ら進み出てやっていた。

屋台なども出て、若干この季節にしては寒かったが大いに盛り上がった。
開の最後は子どもたちの願いを乗せて風船を飛ばした。
昨年静岡県の御前崎までとび、心ある方から励ましの手紙を頂いた。
さて、今年は子どもたちの思いはどこに行っただろうか。
ゴールデンウィーク中から立て続けに論文集の注文があった。
なかなか時間が取れずに、昨年度の整理ができていないが、
出願票を出し終えていよいよ受験生が臨戦態勢に入ったのだろう。
筆記試験まであと3ヶ月、受験生にはやるべきことがたくさんある。
知識の習得、論文構成など一般専門で多岐にわたる。
どこから手をつけるか、また勉強方法は人によっても異なるが、
勝負はいかに毎日時間を取って勉強を継続できるかだ。
技術士受験支援を行ってもう5年になる。
地方の受験生の支援にと始めたが、SUKIYAKI塾では地方支部が続々と立ちあがり、
受験生にとってはこの上ない環境が整った。
十年前に一人で悩みながら受験していた時とは隔世の感がある。
今年も一人でも多くの受験生が合格することを祈るばかりだ。
今日は施設建替え工事の中間検査だった。
県の検査室から3人、本課から1人来ていただいた。
中間検査とはいえ、書類検査・現場検査と竣工検査同様である。
公務員時代は県の検査や会計実地検査を良く受けた。
特に会検では受験前からその準備に追われ、大変な思いをした。
特に指摘されるようなした覚えがなくても、積算根拠や違算がないか設計書を隅から隅まで見直したり、
眠たくなる構造計算書を読み返したものだった。
その点今日は気楽なものだ。
施工監理は設計事務所が行っているので、答弁は全部行ってくれる。
さすが餅は餅屋で指摘事項は一つもなく終わった。
検査官も甚く感心されていた。
7月末には竣工する。
そして、子どもたちの新しい生活の場がここにできる。
まだ仕上がっていない建物だが子どもたちの歓声が聞こえるようだ。